- 2006年5月31日 21:19
■1996年6月23日
無事パーヤンも復帰した我が科学部、
今日も相変わらず僕や先輩達を無視した
紐緒さんが部室の隅で黙々と自主研究を続けていた。
ただ一つ変わった事と言えば、
最近紐緒さんが僕に気を許してくれたのか企んでの事か知らないが、
課題に悩む僕に的確な助言をくれる様になり非常に助かっている。
お陰で自分の課題に手詰まりを起こす事はほぼ無くなり、
前より部活動の循環は良くなっているという按配である。
と、ようやく慣れてきた学園生活にも
充実感を感じる余裕が出来てきた訳だが、
流石にこう毎日、研究で夕方帰りを繰り返した上に毎日の授業をこなし、
おまけに近くある体育祭の予行練習(準備)等、
異常とも思えるハードスケジュールは体力的に無理がある。
だが、部活動や学園生活が軌道に乗ってきた今、
みすみすその流れを止めるのは得策でないと感じた俺は
成績に余裕のある授業のボイコットしその空いた時間や
休み時間を利用してグラウンド隅で仮眠を取る事にした。
みすぼらしい手段ではあるが、
このまま身体を壊すよりはマシだろう。
女の子の声
「あっ、危ないで…」
俺
「…ん?何だ?」
「ボゴッ!」
俺 「っぎゃ!!」
女の子声が耳に届いた直後、俺の顔面に強い衝撃が加わると一瞬で 目の前が真っ暗になり俺は一時の間気を失ってしまった。
そして数分後、俺は顔に残る痛みを散らす様に頭を振り
先ほど衝撃のあった鼻骨周辺をさすりながら
ゆっくりと起き上がり、眼を見開いた。
すると目の前には髪を三つ編みにした、
テニスラケットを手に持った女の子が立っていた
女の子
「だいじょうぶですかぁ?」
俺
「…ん…き、きみは誰だい?」
女の子
「ごめんなさい、
テニスをしておりましたところ
サーブミスで貴方の方にボールが飛んでしまいまして…」
俺
「あー、いいよいいよ。
っていうか、本来テニス部のコート裏で
寝てた俺も悪いんだし。」
女の子
「そうですか。それはよろしゅうございました。
それでは…」
俺
「っとと、待った待ったっ
せめて名前ぐらい聞かせてくれよ!」
女の子
「これはこれは…失礼いたしました。
私、古式ゆかり、と申します。
そちら様のお名前もお伺いしてもよろしいでしょうか?」
俺
「俺は田中浩二、よろしくね
(うーん、この娘の名前どこかで聞いたような…)」
女の子
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
それでは、私、練習がありますので失礼いたします。」
俺
「うん、それじゃまたね」
うーん、どこかで聞いた事があるんだよな…
古式、古式…
というか、うちの学校には何であんな
パンキッシュなヘアスタイルをした女子生徒が多いんだろうか。
これでは不自然な俺の白髪もまるで目立たない。
まあ、それはそれで好都合な訳だが。
と、俺が先程ボールをぶつけられた顔を
さすりながら記憶を手繰っていると校庭にチャイムが鳴り響いた。
いけねっ!?
今日は科学部の合同研究発表の日じゃないか!
早く部室に行かなきゃっ
俺は思わず飛び上がると
科学部へとすっ飛んでいった。
そして科学部
俺
「遅れてすいません!
発表の方を…
と、俺が言いかけたその時、部室の教団にはすでに紐緒さんが立ち、
パーヤンとワクワク先輩を両サイドに配置させ研究発表を行っていた。
紐緒
「遅かったわね浩二君、
早くこっちに来なさい」
ワクワク先輩
「あっ、田中くん、こんにちわぁ」
パーヤン
「こっちょお!」
と、いつもながらキビキビとした
紐緒さんに頼りない先輩二人に誘われ
俺は黒板の前に立った。
紐緒
「それじゃあ早速あれを用意して!」
「パンッ!パンッ!」
紐緒さんが手を二つ叩くとワクワク先輩とパーヤンの二人は
部室の奥にある部屋に行き何かを取りにいった。
俺
「紐緒さん、一体何をするんだい?」
紐緒
「生育研究の一環ね。まあ、大した物ではないわ。
軽いお遊びだからアンタは黙って見てなさい」
俺
「解ったよ」
いつもながら冷淡…もとい、淡白な口調に俺が従っていると
ワクワク先輩が奥から巨大なキャスター付きの水槽を引きずってやって来た
ワクワク先輩
「持ってきたよぉ、紐緒さ〜ん」
パーヤン
「キャーっ!大きいわねぇ!」
俺
「こっこれは!!」
ウーパールーパーだっ!
しかし、これはデカい…間違いなく2mはあるぞ…
しかも何故か水槽の中には水が入っていない!
こ、これは一体…
俺
「ひ、紐緒さん…確かウーパールーパーは水中生物じゃ」
紐緒
「元々サンショウウオの一派なんだから、
呼吸器官だけ成育後に肺呼吸する様にイジったのよ。
それと昼間の生活に適する様、
栄養素を大気中から光合成出来る様にね。」
ワクワク先輩
「可愛いねぇ」
パーヤン
「本当ねーっ!」
ワクワク、パーヤンの両先輩は食い入る様に
水槽の中をノロりノロりと動き続ける
ウーパールーパーを眺めている。
俺
「…」
紐緒
「えー、皆さん。この様にアルビノ個体生物であるアホロートル、
俗称ウーパールーパーはその体質故
体内にて色素合成が不可能な不完全生態でありました。
その為、紫外線防止の為のメラニンを体内に含有しないので
日中の飼育には大変デリケートになる必要がありましたが、
この度、私の研究により一定環境下でこの生物を飼育する事で大幅に巨大化し、
更に、本来彼等にとっては有害となる筈の太陽光から必要なエネルギーのみを摂取させ、
紫外線他、害となる成分は排泄物として体外排出する事で
永続的に自給と育成が可能な生物に進化させる事が出来ました。
現在、このウーパールーパーの体長は2m32cm。
依然進化しておりこの成長を止める場合は
日の光が比較的弱い夜間飼育に切り替え、
大気中で光からのエネルギー摂取を抑制させる必要があります」
と、紐緒さんは淡々とこの巨大な生き物に関する
研究成果を発表していた。
うーん、それにしても光を天敵とする生
物の特徴を逆手に取り光合成で進化する
生き物に変えてしまうなんて…
流石、紐緒さんだ。もう自分で言ってて訳が解らない。
と、我が班(正確には紐緒さん)の研究発表も終わり、
その後も他班による研究発表は滞りなく終了した。
そして研究発表が過ぎて早2週間、
その週末に紐緒さんから思いがけない誘いがあった
紐緒
「あ、浩二君」
俺
「ん?どうしたの紐緒さん、何か用?」
紐緒
「今度の日曜空いてるわよね」
俺
「というか命令でしょ。逆らえないよ」
紐緒
「当然ね」
俺
「で、何」
紐緒
「それなら話は早いわ、
植物園に行くわよ。」
俺
「植物園?あー、そういえば
学校の近くに新しく出来たって聞いた事ある、解ったよ。」
紐緒
「忘れるんじゃないわよ。
それじゃ明日また会いましょう」
んー、植物園か。
植物と先日の研究成果は何か深く関係がありそうだな、
ま、明日行って直接伺ってみるとするか。
そして日曜、
それじゃ早速植物園に行くとしよう。
植物園に着くと珍しく紐緒さんが自分より先に来ていた、
俺は少々途惑いながらも彼女に挨拶をした。
俺
「や、やあ、ごめんね。
待ったかい?」
紐緒
「別に待ってないわよ、約束時刻通りだから。」
俺
「良かった。それじゃあ早速…」
紐緒
「中に入るわよ浩二君」
俺
「はい」
相変わらず紐緒さんにリードされっぱなしで中に入ると
そこには園内一杯の色鮮やかな植物が咲乱れていた。
俺
「わー、これは凄いね」
俺がその様子に心打たれてると、
紐緒さんは目の前に咲く奇怪な模様の花を
しげしげと見つめながらブツブツと独り言を言い始めた。
紐緒
「うーん、いいわね。
これは使えるわ。うちのもこの位育てておきたいわね」
俺
「紐緒さん?」
紐緒
「何よ」
俺
「いや、食虫植物見ながら
何ブツブツ言ってんのかなと思って…」
紐緒
「秘密よ」
俺
「そ、そう。それとこの前の研究成果凄かったね。
今回この植物園に来た事と何か関係があるのかい?」
紐緒
「秘密よ」
俺
「そう…」
紐緒
「えぇ…」
俺
「紐緒さん」
紐緒
「機密よ。」
俺
「機密かあ…」
僕等の植物園見学の時間は
それなりに楽しく過ぎていった。