- 2006年5月24日 18:50
■1996年5月5日(日)
そういえば最近研究で忙しくて
愛犬のスナフキンに構ってやれなかったな。
家帰ってきても殆ど寝てばっかりだったし。
よし、登校前にちょっとイジってってやるか。
俺は紐緒さんの危険な自主研究相手やらハードな部活動、
そして2年生になり益々きつくなった授業の疲れを癒すべく
愛犬スナフキンの下へと近づいた。
俺
「スナフっ!」

ハッハッハッハッ…
俺
「お手!」

「オェ゛クゥ゛ウォブロ〜…」
(吐瀉)
俺「っぎゃー!!」
「ぶるるるるるっ!」」(首振り)」
俺
「飛び散る!っから…、お前!」
時既に遅し。
スナフキンは差し出した俺の右手になみなみと廃棄物を吐くと、
首を思いっきり横に振り俺の体に疎状にゲロを飛び散らせた。
俺
「お袋ー!スナフが吐いたよー!」
母
「あー、さっき御飯食べたばっかりだからね。
吐いた後、拭いときなさいよ。」
俺
「っえー!?」

「ハッハッハッハッ…」
留学、部活動、独り暮らしと、
長い間実家を離れていた俺に対する部外者意識ともとれるスナフキンの反逆により
俺の登校は30分あまり遅れ遅刻ギリギリの中、
過酷な研究の間に身につけた気力と根性により無事定時に学校へと辿り着けた。

やれやれトンでもない目にあった…
飼い主の恩を忘れやがって。
そして、その後はいつも通り授業を平淡にやり過ごし授業を終えると
憩いの場である科学部へと歩を早めた。
そういえば、
5月頃にパーヤンが復学するって言ってたな。
紐緒さんは「生まれ変わる」って言ってたが、
果たしてどういう意味なのだろうか。
どの道、体調が整えば挨拶の為部活には顔位出すだろう、
そうすれば解る事だ。
今は研究と真の目的を紐緒さんに伝える為、
自分の事を率先して考えなければ。
そして科学部。
部活内はいつもの様な慌しい様子とは打って変わり、
各々自席の場に直立不動で部長の立つ黒板の方に視線を向けている。
と、俺はいつもと違う部室内の様子に途惑いながらも
自分の持ち場に入りワクワク先輩に状況を問いただした。
俺
「富永先輩、どうしたんですか一体?
なんかいつもと様子が違うみたいですけど。」
ワクワク先輩
「あっ、田中く〜ん。
あのねぇ、予定より少し早んだけど
小宮君が今日から復学するらしいんだよねぇ」
俺
「えっそうなんですか!?」
俺は期待と不安が入り混じる複雑な心境で、
隣に立つ紐緒さんを覗き込んだ。
その表情は不適な程り自信に満ち溢れており、一片の曇りもない。
この彼女の自信は一体何を示しているかだろうか、それはもうすぐ解る。
そして次の瞬間、部室内の空気を取り仕切るかの如く
部長の第一声が部屋に鳴り響いた。
部長
「皆聞いてほしい。先日から体調不良を訴え
一時休学していた小宮君だが、
この度、無事復学する事になった。
彼女の休学期間において、各々部員の学年も上がり
また、小宮君の事をよく知らない新入生も
居ると思うのできちんと紹介しておこう。」
そして部長が手招きをすると奥から小宮先輩が現れた。
部長
「小宮君入りたまえ」

パーヤン
「皆さん、こんにちわー!」
あれっ?おかしいぞ?
ハイトーンボイスに太い身体。
見上げる様な巨漢ぶりは健在で、
これといった大きな変貌は見当たらない。
うーん、これはどういう事なのか。
俺は紐緒さんに耳打ちをして事情を問いただしてみた。
俺
「紐緒さん、話が違うじゃないか。
小宮先輩に大きな変化は見られないよ」
と、俺の言葉を耳にした紐緒さんは
思いっきり呆れた様子で僕に解説を始めた。
紐緒
「全く、貴方という人は。
人体において重要な箇所を見落とすなんて。
正にこれを 近・視・眼 的というのかしらね。」
俺「近視?」
俺はその言葉を耳にすると、
小宮先輩の眼の辺りを確認した。

俺
「あれっ眼鏡が無い?
小宮先輩コンタクトじゃなかったですよね?」
紐緒
「そう、生まれ変わったのよ。
彼女は新しい世界を見る力を手に入れたの。」
元々、小宮先輩は視力が弱く、
漫画に出てくる牛乳瓶の蓋底をそのまレンズにした様な
眼鏡をかけていたのだ。
この班に入って2ヶ月程した頃
パーヤン先輩本人から聞いた話なのだが、
彼女は幼少の頃、ある事故で眼に障害をきたしてしまったらしく、
それ以後、年々視力の低下に悩まされていたそうだ。
そうか、こういう事だったのか。
俺は紐緒さんに明るい笑顔を返した。
紐緒
「不慮の事故とはいえ他人に迷惑をかけたせめてもの償いね。
まあ、小宮に飲ませた血清に混入してた抗生物質が
彼女の眼球を圧迫する外的要因を取り除く事が出来るのに
気づいたのは事故の後の事だけど。」
俺
「でも、良かったね。
小宮先輩、昔から眼科に通い続けてても
治らないって言ってたのに」
紐緒さんと言葉を交わしていると、
教壇で挨拶を終えたパーヤン先輩が
こちらの方にやってきた
パーヤン先輩
「ありがとう、紐緒さん。」
紐緒
「たまたまよ、
そういう状況にあったから処置をしただけ。
それにしても、99%成功するとはいえ、
1%の確証が持てない治療実験を受けた貴方も大したものね」
パーヤン先輩
「本当にありがとう…」
パーヤン先輩はいつものハイトーンボイスではない
落ち着いた声で薄っすらと眼に涙を浮かべ、
紐緒さんに深々とお辞儀をすると、
自分の持ち場に戻り、遅れた研究活動を取り戻すかの如くせっせと動き始めた。
ワクワク先輩は事情を察してか知らずか、
その様子を穏やかな表情で見守っていたのがとても印象的である。
俺
「それにしても、本当に凄いね。
分析と処方だけで他人の身体を治しちゃうなんて」
紐緒
「貴方に住所を教えて貰ったお陰ね。
簡単な検診と本人とその両親の承諾を
受ける事が出来たわ。」
俺
「いやいや」
紐緒
「それと、科学と医学は深く関係してるのよ。
貴方、そんな事も理解しないで研究を続けてる訳?
少しは精進なさい」
俺
「はい…」
と、前半しみじみと調子の狂った本科学部ではあったが、
その後はいつもと変わらずといった様子で、
相変わらず紐緒さんは自主研究、
僕等は課題をこなす為、お互い黙々と活動を開始した。
ただ、この一件が影響したのか前より紐緒さんの取る行動に
「怖い」「怪しい」といった印象が薄れてきている事に俺は気づいた。
テーマはどうであれ彼女は常に信頼出来る志を持って研究を続けている。
今はそれが理解出来る気がするのだ。
と、視力の回復したパーヤン先輩も戻り
いつも通りの我が班の部活動は再開された訳だが
相変わらずのハードスケジュール。
体力・精神力共に浪費が激しい生活の中、
俺は自分なりの青春を謳歌させるべく
必死に学校生活に食らい続けていた。


紐緒
「あ、浩二くん」
俺
「あ、あれ?どうしたの紐緒さん?
今日は随分と早い上がりなんだね。」

紐緒
「一緒に帰るわよ」
俺 「っえー!?」
紐緒
「何よ、バカみたいに大声出して。
そんなに私と帰るのが嫌なの?」
俺
「いや、そうじゃないけど、珍しいというか、天変地異というか…」

紐緒
「嫌じゃないならさっさと行くわよ」
俺
「あ、待って、紐緒さん」
俺はキビキビと動く彼女のペースに翻弄されながらも、
ご機嫌な様子で彼女の後をついていった。
紐緒
「ところで貴方、明日は暇?」
俺
「そうだね、暇かな。
これといった活動はないかな。
今週の休日は部活もお休みだし。」
紐緒
「そう、それじゃあ私に付き合いなさい」
俺
「また唐突だね。別にいいけど何をするのさ」
紐緒
「映画に行くのよ。
研究資料になりそうな作品が上映されてるの」
俺
「どんなの?」
紐緒
「ホラーよ」
俺
「ホラーか…」
紐緒
「ホラー」
俺
「2回言わなくてもいいよ」
紐緒
「で、どうする訳?」
俺
「解った、行くよ。」
紐緒
「当然ね」
そして約束の日曜日。
俺は映画館に行き紐緒さんが資料用にと見たがっていた
フランケンシュタインの現代リメイク版「フンガー」を観賞した。


俺「(うーん、流石、原作がしっかりしてるだけあって中々面白いな)」
誘われた映画の面白さに感心しつつ
スクリーンライトに照らされる紐緒さんの横顔を覗くと
激しく邪心に満ち溢れた顔をしていた。
やっぱこの人は信頼出来ない。

俺
「お、面白かったね」
紐緒
「もう一度観るわよ」
俺
「えっ!?」
紐緒
「ワンカットどうしても気になるシーンがあるの。
観るわよ浩二君」
そして俺は頑固な映画監督の様になった紐緒さんに付き合い
その後、6時間に亘り閉館の時間まで同じ映画を延々と観続けた。
また、その週だけでは納得いかなかったらしく、
翌週の日曜も紐緒さんは同じ映画に俺を誘い
その日も閉館まで延々とツギハギの化け物を観続けるハメになってしまった。
やっぱりこの人は信頼出来ない…

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