- 2006年5月12日 18:00
■1996年4月14日
先日動物園に行った時に紐緒さんが言っていた
動物実験の話の続きが気になるものの
彼女は相変わらず得体の知れない回虫やら昆虫、
はたまたは液体の成分分析に没頭しており
ロクに聞き出す事が出来ない。
というか加害が怖くて近寄れない。
と、言ってもこのままでは、らちがあかない。
早く自分の野望、そして目的を彼女に伝え
お互いを理解しあう為にも一歩前進しなければ。
だが、そうは言っても先日動物園に付き添いで行ってみたが
以後彼女と目立った同行はしておらずその日を境に距離が近づいたどころか、
むしろ秘密研究について俺が尻尾を掴んだ事が災いして
最近は紐緒さんが実験中に俺の試験管にポリデントを入れたり、
フラスコにバブとアタックを混入させてあり得ない化学反応を誘発させてくるという
非常に緻密な嫌がらせをしてくる。
これが彼女からのアプローチであればいいのだが、
目を合わせようとすらしないので、まずそれは無いだろう。
うーん、とはいっても動物と深く関りのある研究の実態、
そこは非常に気になる。
この秘密について詳しく聞き出す為には
前に彼女がこの事について喋った現場と同じ環境を作る事だな。
その為にまず先日行った動物園に紐緒さんともう一度行き
核をつかない様、慎重に情報を聞き出していこう。
危険だがこれしかない。
よし善は急げだ、こうなったら電話で先日行った動物園に直接誘い出そう。
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「ガチャッ」
紐緒
「はい、紐緒です」
俺
「あっ紐緒さん、俺だよ浩二・田中だよ」
紐緒
「何よ、普通に名乗りなさい。」
俺
「悪い悪い、この前苗字から名乗ったら
特定出来ないって言われたからさ」
紐緒
「まあ、いいわ。で、浩二君。
今日は何の用かしら?」
俺
「うん、単刀直入に4月14日の日曜に
動物園に一緒に行かないかい?」
紐緒
「あら残念、その日は丁度空いてるわね。
まあ、いいわよ」
俺
「えー!?」
紐緒
「何を驚いてるの?貴方から切り出したんでしょうに」
俺
「いやあ、そうだけど。
紐緒さん最近やたらと部活中に
俺の実験中に科学反応誘発させるから
俺は嫌われてるのかなと」
紐緒
「あれは自分の手元に空いた容器が無いから貴方の物を使っただけよ。
誰も貴方の事なんか意識してないから安心しなさい」
俺
「あ、そうだったんだ。良かったよ」
紐緒
「第一、手隙になってる容器があるなら
中に付着した薬剤をよく洗っておきなさい。
実験中は様々な溶液が空気中にすら飛び交うのよ、
中には数的程度で軽い爆発を引き起こす物だってあるんだから。」
俺
「うん、ごめんよ。心配してくれてありがとう」
紐緒
「あたしに迷惑かけないで頂戴」
俺
「…」
紐緒
「それじゃあ、用件はそれだけかしら?
あたし今忙しいんで切るわね」
「ガチャッ」
俺
「あ、もう切れてるな」
「ガチャッ…」
うーん、何だかアッサリといってしまったぞ。
それにしても先日から感じていた彼女から溢れ出る俺に対する不信感は
俺の取り越し苦労だったのか、これで一先ずは安心だな。
さて、動物園見学…いや紐緒さんの秘密研究を探る日まで一週間。
ここ数ヶ月部活に出ずっぱりだったり試験勉強もあったりで
休む余裕が全く無かったから、この一週間は体力温存も兼ねて
授業が終ったら直行で帰宅してしっかり休養を取ろう。
さて、いよいよか、動物園で紐緒さんを待とう。
彼女とのコンタクトはまず来る迄が体力勝負だからな、
今回は休養もたっぷり取ったし大丈夫だろう。
さて、動物園に着いたのだが、
待ち合わせ場所は…と…
あ、あれ?紐緒さんが居る!?
俺
「あ、あれ紐緒さんどうしたの?」
紐緒
「何って待ち合わせの時間でしょ、
あなた時計も読めないの?」
俺
「い、いやあ。前少したけ遅れたからさ…
今日は必要以上に早くてどうしたのかなって。」
紐緒
「あの時は私の腕時計や、
自宅の時計全てが3時間遅れてたのよ」
俺「え、え〜…?」
紐緒
「多分、研究に大型電磁波調整器具を使用していた為ね。
私の家の時計は全てデジタル仕様だから手元にある全時計が
その電磁波の影響を受けて表示が3時間遅れたんでしょう。」
俺
「お、大型の研究機材って…
(彼女の家の経済事情はどうなっているんだろう)」
紐緒
「さあ、御託並べてないで
さっさと中に入るわよ浩二君」
俺
「あっ、待ってよ紐緒さん」
と、さっさと中に入っていく
紐緒さんを追う様に俺も動物園に入った。
入園した紐緒さんの眼は爛々と輝き
何よりその息遣いに研究への意欲や好奇心が活き活きと現れていた。
そして僕等は今日も様々な動物を見て周った
【パンダ】
俺
「なんか具合悪そうだね」
紐緒
「眼が死んでるわ」
俺
「開いてないしね」
紐緒
「次いくわよ」
【ヒグマ】
「フ〜フ〜…」
俺
「やさぐれてるね」
紐緒
「死に掛けね。こんな老衰に用は無いわ。次いくわよ」
【キリン】
・・・・・
俺
「そういやキリンが鳴くとこって見た事ないね」
紐緒
「動かないわね」
フンッ…!
俺
「あ、汚ねー!鼻水飛ばした」
・・・・・・
俺
「ば、馬鹿にされてる気がするよ紐緒さん」
紐緒
「あんただけでしょ」
俺
「次行こうよもう…」
【カンガルー】
俺
「寝てるね」
紐緒
「これは和むわね」
俺
「あ、ちょっと足が動いたよ」
紐緒
「なんか一匹あんたの事凄い睨んでるわよ」
俺
「うん、手前の一匹寝そべりながらすっごい見てるね。」
紐緒
「…」
俺
「よく見ると逞しいんだねカンガルーって…」
紐緒
「そうね、成人の雄の脚力は人間の数十倍とも言われているから、
何しろ二足歩行の可能な数少ない動物よ、
あの跳躍力と足腰はこの筋骨からくるべきものと
判断するべきでしょう。」
俺
「な、なんか凄い顔してこっちくるね」
紐緒
「逃げるわよ」
俺
「待ってよ!」
【トラ】
俺
「いちゃついてるね」
紐緒
「虎のつがい飼育は危険な筈だから、
離してやった方がいいんじゃないかしら」
俺
「あ、交尾始めたよ」
紐緒
「いっ、いくわよ浩二君!」
【 ? ? ? 】
俺
「何だよこれ、見た事ねーよ…」
紐緒
「こっこれは素晴らしいわ!」
俺
「でも、紐緒さんなんか訳わかんないよこれ」
紐緒
「新たな種の発見、そして保存、研究と交配。
そして理想の生産…あー素晴らしいわ、
動物園に来ると遺伝子操作実験を行いたくなるわね」
きた、ここで聞き出すんだ浩二!
俺
「あの紐緒さん!その遺伝子操作て一体、
君は生体を使って何を研究しているんだい?」
と、率直に今自分が伝えたい事を伝えたのだが、
次の瞬間彼女の背中にあるものが襲いかかってきた
紐緒
「きゃーっ!」
俺は一瞬彼女の肩に爪をかけるその動物を見る眼を疑った、
コ、コアラだ! 先日彼女とここで眼にした
ジャイアントコアラの子供が彼女を襲っている!
コアラ
「…」
恐ろしい形相で彼女睨むその顔つきは正に肉食のアクマそのもの、
おかしいぞ、コアラは確か草食だった筈…
ましてやナマケモノの亜種ともされているこいつ等に
こんな行動力がある筈が…
と、俺は頭の中を高速で駆け巡る疑問が過ぎ去った後、
事態の緊急さに気づき係員を呼びに行こうとしたが、
次の瞬間そのコアラは彼女の元から去っていった。
紐緒
「はぁ…はぁ…」
俺
「紐緒さん大丈夫かい?」
俺は、珍しく取り乱す彼女の気を落ち着かせようと語りかけたが、
すぐに紐緒さんはいつもの冷静な態度を取り戻し、
重い口を開いた
紐緒
「見た、浩二君。これが奴等の正体よ」
俺
「え?」
それが、先程の俺の問いかけに対する答えなのか、
理解出来なかったが続けて彼女はこう言った
紐緒
「私は、皆の誤解を解く為に研究しているのよ」
それがどういう意味なのか
まだ僕には解らなかったが、
彼女の眼には力強い志が宿ってたのは確かだった。
そうだ、俺にはまだ2年間ある、
少しずつ聞き出していけばいい。
青春は短い様で長いのだから。