- 2006年5月 6日 16:32
■1996年 2月25日
今朝もいつもの様に愛犬のスナフキンに骨っ子を齧らせてから
自分の朝食を済ませるとお気に入りの巾着袋に
「MY フラスコ」「MYビーカー」を入れたのを確認し俺は通学へと赴いた。
うーん、この瓶底に付着した溶液の臭いがたまらないぜ。
と、校門の前に到着すると
俺の視界に異様な光景が広がった。
何百人という我が校の女生徒達がトラックに向かって、
各々持参したカラフルな包装の小箱を次々と投げ入れているのだ。
女生徒達 「ッギャー! いずぅいんくーん!! 私の魂よー!」
何やら罵声にマジって凄まじい闘気が飛び交っている。
新手の新興宗教か何かだろうか。
と、その光景に圧倒されていると
クラスメートの伊集院が俺に話しかけてきた
伊集院
「やあ、田中君。おはよう。
今日はバレンタインだね、君にはかなわないが
僕も少々チョコレートを頂いたよ」
俺
「ああ、あの奇怪な集団はお前のファンか」
伊集院
「奇怪とは失礼な、良識のある女生徒の集団と言いたまえ。
俺
「まあ、どうでもいいや。
またな色男」
伊集院
「あっ!君、待ちたまえ!まだ僕の自慢話が…」
と、俺はとりあえずそのエゴイストを振り切り、
教室に着くなり自分の席に座りボーっと窓の外に見える
先程の伊集院大好き集団に目をくれつつ物思いに耽っていた。
俺
「(そうかー…
そういや今日はバレンタインとかいう日だったんだな。
まあ、俺には関係ないけど。
実験ばかりしててロクに遊んでなかったし)」
と、この高校生活1年目を振り返り
感傷に浸っていると、俺の背後から
聴きなれたハスキーボイスが轟いた。
紐緒
「田中君。おはよう」
俺
「ひっ 紐緒さん!」
俺は思いがけないその訪問者に驚き思わず大声を上げた。
紐緒
「何驚いてるの、昨日実験室で会ったばかりじゃない」
俺
「そっ そりゃそうだけどさ。
紐緒さんは別のクラスだし、
どうしたのさ急にこんなとこまで?
紐緒
「雑談しにきたんじゃないのよ、
はいこれ、チョコレートよ。受け取りなさい」
俺「えー!?」
俺は先程にもまして大声を上げてしまった、
普段の紐緒さんといえば全くもって自分に無関心。
ましてや身近に居ると常に悪意すら感じる彼女から
唐突なプレゼントである。
まあ、包装はこういう事に手馴れてない
彼女らしく無印の茶封筒というメルヘンやロマンスを感じるには
いささか無理もあるがここは善しとしよう。
嬉しさと入り混じった複雑なこの心境は
驚愕としか言い表せない。
紐緒
「これを食べて出た症状をこのレポートに記載して提出しなさい」
と、喜びも束の間、
今度は怪し気な注意事項の記載されたレポート用紙が俺に手渡された。
俺
「えーと、何々…
1日辺りの摂取水分量…
「震え、呼吸困難の場合の処方箋一覧」
「出来物が首筋に吹いた際には紐緒に一報を入れる事…
睡眠時間量に比例する起床時間の平均、
って色々書いてあるけどなんだいこれは?」
紐緒
「症状報告用のカルテよ」
う〜ん…
俺
「紐緒さん念の為に聞くけど、
さっきチョコって渡されたこの
食料の中には何が入ってるの?
紐緒
「安心しなさい。毒物は混入してないわ。
日本で近年に輸入が禁止された
合法ドラッグを煎じた粉末が30グラム程よ」
ひと時でも彼女を信頼した俺が浅はかだった。
俺
「じゃあ紐緒さんがまず立証実験をという事で」
俺は試しにそのチョコの入っている茶封筒を彼女に渡した
紐緒
「いやっ ほらぁ わ・わたしは…
こういう臨床実験というのは、
まず自己安全を図る為、犠牲を伴って行うもので…」
俺
「犠牲?」
と、その言葉に敏感に反応した俺に彼女はこう言った
紐緒
「成長したわね、田中君…」
俺
「何がさ」
そしてまたいつもの様に時が過ぎていった