- 2006年9月11日 17:31
■1996年9月13日 金曜日
今日は2度目の自由行動。
昨日の団体行動だが薬の効用で激しい筋肉痛は抑えられたものの
やはり先日の急なビルドアップに体がついていけなかったらしく
その日一日は足腰が思う様にならなかったので
俺は担任に別な理由で事情を説明しホテルの一室で休養を取っていた。
そして、今日は無事に全快する事が出来た。
いや、それより前より体中に力がみなぎる感じすらするぞ、
これが人体の持つ「超回復」というメカニズムだろうか。
反動過程に不便があるとはいえ科学の力はやはり凄い。
俺がホテルのロビーで科学に対し偏った想いを馳せていると
目の前に紐緒さんが現れた。
紐緒
「おはよう、浩二君。さあ約束通り来たわ、出かけましょう。」
そう、今日は3日目の自由行動で紐緒さんとの同行を約束した日なのだ。
俺
「おはよう、ところで今日はどこに行くんだい?」
紐緒
「髭(ヒゲ)よ」
俺
「ひ…髭?」
紐緒
「そう、ほらさっさと出かけるわよ」
そして僕等はホテルを出て髭の前に出かけた。
【髭前】
俺
「あちこちでモッサリしてるなぁ…」
紐緒
「ふん、随分大層なポーズを取ってるじゃない」
紐緒さんは銅像のポーズが気に入らないのか、
大地を指差すクラーク像に向って腕を組み、
仁王立ちしながら睨みをきかせていた
俺は場の空気を和ます為に間を割って彼女に話しかけてみた
俺
「ま、まあまあ…紐緒さん。
それより、Boys be ambitious 少年よ大志を抱け、良い言葉じゃないか。
一世一代の大物を目指す紐緒さんによく似合うよ」
すると紐緒さんはキッとこっちを睨みつけ、
僕の言葉を理路整然と訂正し始めた
紐緒
「一緒にしないでほしいわね…私の目指すのは『野望』
そう…企てた私すらついていけなくなりうる大いなる計画と行動、
そしてそれにすがる幾千幾万の僕(しもべ)達」
俺
「ひ、紐緒さん…」
うーん、悦に入ってるぞ…
別の意味で場を和ませてしまったのだろうか
紐緒
「そう…金でも名誉でもない…
皆が私の野望に慄きっ畏怖しっ称えっすがるのっ!
称えよ我が身を!私こそが新世界の王となる者よ!」
参ったなあ、いつにも増して重症だ
俺
「ひ、紐緒さん」
紐緒
「浩二君その時、貴方は私の傍に置いて上げるわ」
ドキッ
お、おおっ何だこの展開は
ママレードボーイみたいになってきたぞ
俺
「ひ、紐緒さん、それって…?」
紐緒
「私に仕え生涯、糧となるわね」
くぅ…
俺
「嫌です」
紐緒
「貴方、自己中心な人って嫌われるのよ」
それをそっくり彼女に返してやりたい気持ちで一杯だったが、
まあ、彼女なりの愛情表現なのだろうか、俺は堪えてみた
俺
「気をつけるよ」
と、僕らが髭の前で話していると、
柵を越えた羊が一匹、目の前に現れた。
「メン゛エ゛ェ〜〜〜」
俺
「あ、ウールだよ、紐緒さん」
紐緒
「……」
紐緒さんは羊に気付くなり奴の方をじっと凝視し始めた。
俺
「どうしたの紐緒さん?」
紐緒
「そういえば、原型はこんな感じだったかしら…?」
「メェエ゛ーーーーーー!!!」
羊は紐緒さんの異様なオーラに気付いたのか一目散に逃げ帰っていった
俺
「ひ、紐緒さん…?」
紐緒
「あら、嫌だわ。違うのよ、ちょっと
研究用に牧場から仕入れた1頭を研究してたら
呼吸器官や足が増えちゃって」
彼女の性格はつかめてきたものの、
相変わらず何を生み出そうとしているかはさっぱりである、
うーん未知の生物…
そうだ、野生の力はねじ伏せたが、
今度はもう一つの敵について聞いておかねば。
俺
「紐緒さん、そういえば野生の力には勝利したけど、
もう一つ言ってた未知の生物ってあれは一体なんなんだい?」
紐緒
「ふっ、よく聞いてくれたわね。
そう、奴等こそ愚かにも科学の分析力の外で
人々を脅かす大いなる敵よ。」
俺
「そ、それは一体なんなんだい?」
そう聞いた直後、
彼女の顔がキッと険しくなったのが見て取れた。
紐緒
「今日の夜、ロビーに来なさい。」
俺の答えは決まっていた
俺
「喜んで行くよ」
紐緒
「今度の敵は手強いわよ、
貴方の常識の外に居るかもしれない」
俺
「信じてるよ」
すると紐緒さんの表情はパッと明るくなり、
それでこそ私の下僕よと褒めてんだかけなしてんだか
解らない言葉をかけてくれた。
ああ、健全な高校生の修学旅行中、
俺達は北海道の一角で何を決意してるのだろうか…
そして、日も暮れ本日5日目の深夜、
俺は部屋をこっそり抜けるとロビーで紐緒さんを待っていた。
そして待つ事数分、約束通り紐緒さんがロビーに現れた
紐緒
「探したわよ浩二君、さてこれから調査に出かけるわ」
彼女は以外な言葉を口にした。
調査か…一体何を。
俺
「調査ってどこに行くんだい?」
紐緒
「ホテルのそばの農場にいい研究テーマがあったのよ」
俺
「なる程…そこに奴が居るんだね」
彼女は口元をニヤリと緩ませると頷いて見せた。
そして俺達はホテルを抜け敵地に向けて歩き始めた。
【ホテル近く農場】
ここはホテル近く深夜の畑。
辺りをよく見渡すと一定ラインで田畑が荒れており
離れて見ると模様の様にも見えてくる。
風邪は強く草木が揺れて唸り声を上げている割に虫や動物の鳴き声は一切無く、
どこか不思議な空気が漂っていた。
俺
「紐緒さんここは一体?
彼女は周囲を警戒しながら信じられない一言を口にした
紐緒
「ここがミステリーサークルね、私が解明してみせるわ」
ミ…ミステリーサークルっ
するとまさか
俺
「ひっ 紐緒さん!まさか敵っていうのは…?」
紐緒
「慌てるんじゃないの。
私が解析したいのはあくまでこの不自然な円陣よ、
愚かなオカルト主義者達の誤説を根底から否定する為に
これは人工による物というのを解明する為に調査するの」
俺
「あっ…そ、そうだよね。」
紐緒
「ほらっ突っ立ってないでまずは調査よ調査。
真ん中辺りから調べて頂戴」
俺
「うん、解ったよ」
と、俺が返事をしたその時だった、
空から眩いばかりの閃光が降り注ぎ
俺は目を細めながらもその光の先にある上空を確認すると
そこには見た事も無い形の航空機が高速で点滅しながら
まるで虫の様に不規則な動きで飛び回っていた。
俺
「ひっ…紐緒さん!?
あれは口には出したくないけどまさかUFOじゃ!!!」
紐緒
「馬鹿を言わないで!
この世に未確認飛行物体など存在する筈がないでしょうっ
私が化けの皮を剥がしてくれるわ!」
俺
「ひ、紐緒さん!こっちに飛んでくるよ!」
紐緒
「浩二君っ腕を貸しなさい!」
俺
「はいっ!」
俺は先日の熊との対決の時と同じ様に彼女に腕を捲って針を刺させた
俺
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は腹の底から盛り上がる異常な力を抑える為に
強烈な絶叫を上げ気を落ち着けた。
そして円盤から降りてきたのは今までに俺が見た事も無い生物だった。
色は白く、身体の表面は遠目からも解る程ヌメヌメと湿っている。
目には白目が無く、何か機械のビープ音の様な高周波を
口から発しながら我々に指を向けていた。
俺は紐緒さんの方をチラりと見て合図を送ると
次に絶叫を張り上げ戦いのノロシを上げた
再生ボタンで田中の絶叫の模様が見れます
紐緒
「浩二君っ私が奴らを叩きのめす兵器を作るから
それまで貴方は時間稼ぎをしなさい!」
俺
「解ったよ」
そういって俺は奴にかかっていったが、
その後、奴が僕の目をキッと睨み付けるなり
俺に向けられた指から強烈な光線が放てられ、
俺はその光に縛られて身体を宙に持ってかれた直後
大地にその身を叩きつけられてしまった
「ドゴォーン!」
紐緒
「浩二君っ!」
紐緒さんは手に持ったスパナを落とすと俺の方に駆け寄り、
俺を肩に抱え込んで奴等の方を睨みこう一喝した
紐緒
「今日の所は見逃して上げるけど次こそは覚えてなさい!私こそ近い将来この地球を治める未来の王っ紐緒結奈よ!」
そして彼女のその声を聞くと
俺の視界は徐々に暗闇に覆われていった
・
・・
・・・・・・
気付くとそこはホテルのロビーだった
紐緒
「目が覚めたのかしら?」
俺
「あっ?紐緒さん、俺は一体…」
俺がまだ状況を理解しきれないでいると、
彼女は複雑な表情でこう言った
紐緒
「貴方のせいで負けたじゃないの」
俺
「ご、ごめん…」
紐緒
「まあ、いいわ。次こそは必ず勝つわよ」
俺
「ああ、解っているよ」
紐緒
「いいわね」
俺
「うん」
そう、次こそは必ず…
そして僕等の北海道での戦いは静かに幕を閉じた。
そういえば目を覚ました時、
険しかった紐緒さんの顔が少し和らいだ様な気がしたけど気のせいかな。