トリックピエロ

 

1%

「ライブハウス GIG」


ここは横浜のライブハウスGIG、
薄暗い店内を紫色のライトが柔らかく照らし、
店のホールでは年頃の落ち着いた3人組のバンドが
それぞれサックス、ピアノ、ヴォーカルに分かれ演奏を繰り広げている。

客の多くがその演奏模様に視線を向ける中、
奥の席にグラスに入った青色のカクテルを指で回しながら
遠くの方を見つめるマリーが座っていた。



マリー
「・・・」





マリーは今日病院でアリアンに会った後の会話を思い返し始めた


<回想 アリアンクリニック>





マリー
「まずこれ、見てもらいたいんだ」





マリーはそういうと、
ジャケットの内ポケットから眼球の入った瓶を取り出した。





秀明
「っ?」





秀明は戸惑った様子でその瓶の中身を覗く





秀明
「大嶺先生、これは?」





マリー
「あたしが今関わってる事件の被害者になった少年のものでね、
現場から発掘された彼の遺体の一部なんだ」



秀明
「成る程・・して、何故これを私に?」



マリー
「不自然なんだよ、
仮に慣れた快楽殺人者の計画的な犯行にしても、
解体のされ方が」





マリーは手に持った瓶を覗き込む様にしてそういった





秀明
「その、もう少し、
近くで見させて頂いて構わないかい・・?」



マリー
「ん?はいはい、鑑識結果もう出てるから、
確認したければこの手袋つけてどうぞ」





マリーはそういうと、
ポケットから捜査道具の手袋を取り出し
瓶と一緒に秀明に手渡した。





秀明
「どうも…」





秀明はマリーに一つ会釈した後、
手渡された手袋を着用し中のキャップを開け
目玉をゆっくりと取り出した。





秀明
「…」





秀明は手に持った眼球を高々と掲げ、
悦に入った表情を浮かべている





マリー
「…」



秀明
「…暖かい」



マリー
「綺麗でしょ」



秀明
「ウフフフ…成る程、正に」



マリー
「素人にゃ無理だと思うんだけどね、
そんな切断面。」





マリーがそういうと、
秀明は目玉を瓶の中に戻しキャップをつけてから、
外した手袋と一緒にマリーへそれを返した





秀明
「それで、伺いたい内容は?」




秀明は一連の動きで乱れた白衣の裾をさり気無く直す仕草を見せつつ
マリーに返答を求めた。




マリー
「可能かい?有能な外科医がメスを入れたとして、
こんな彫刻みたいな切除が」



秀明
「100% とは言い切れないが、
いくら研究を努めようが素人、
もしくは生半可な腕の医師では無理な仕事だろうね。
技術や道具は基本的に表に出回らないのだから。」





マリー
「ねえ、1%の可能性秘めた、
貴方がそう言うんだし」





秀明は嘲笑する様にマリーに切り返してみせた





秀明
「よしたまえよ、私はアーティストじゃない」



マリー
「じゃあ職人さんかしらね、
夢を叶える幻の腕を持つ」





秀明はマリーが話すのを遮り冷めた感じに返した





秀明
「古い話しだ…」



マリー
「The broken human body anabiotic feasibility and cell potentiality
(壊れた人体蘇生実現の可能性、および細胞工学的潜在力。)




秀明
「今更ながら、
あの論文は一種の空論に過ぎない」




秀明は興味無しと言った様子で淡々と話しを切り返すが、
マリーは構わず続けた




マリー
「よく出来てるじゃないか。

「蘇生」っていう聖域に斬新なアプローチから踏み込んだ
正に解剖学のラストバイブル。」





秀明はマリーが喋り続けるのを黙って聞いている



マリー
「これまでのオカルティックな学論や、
実証の殆ど皆無な実験科学を打ち砕く説で
医学会のアインシュタインとまで謳われた程だもの、
ねえ、博士?」





秀明は少しクタびれた様子でマリーに返事した





秀明
「それじゃあ、君はタイムマシンや錬金術を
鵜呑みに信じられるとでも?」



マリー
「そうねぇ、興味はあるかも…」



秀明
「大嶺君…仮に宇宙の最果てに地球と同じサイズの星を
ある観測機が見つけたとしよう」




マリー
「…」




秀明
「生物等居なく、建物も無い、
空気の淀んだ危険な大気圏の傍に
全人類が移住出来る可能性を君に見出せるかな?




マリー
「時間的に見ても殆ど不可能だねぇ。」





秀明はマリーの返答に頷きながら話しを続けた





秀明
「そう、あの学説は言うならば、
限りなくゼロに近い1%」




マリー
「…」



秀明
「例えるなら、私はその星の位置を見つけたに過ぎない」





マリーは秀明が言い切るのを確認してから一言言った





マリー
「でも、その1は立証された訳だ」



秀明
「…」




マリー
「貴方の創造によってね。そしてそれが多くの医師、
学者に伝わった」



秀明
「私の唱えた学説は空想を有限へと導かんとする向上心を
現代医療、個々の意識へ繋げられればと
世に提示した一種の例え話に過ぎんのだよ」



マリー
「まるで神様だねえ」



秀明
「御理解頂けたかな?」




マリー
「アタシにはとてもとても(笑)
だからあなたの下で長続きしなかったんだもの」



秀明は少し寂しげな目でマリーの方を見つめこう言った




秀明
「君は有能な医師だった…」




マリー
「…」




秀明
「指示を的確にこなし、
機転の利いたアイディアで短期間に
多くの有能な若手医師を育てた、

そして何より」




マリー
「…」



マリーは秀明が喋るのを無言で聞いている





秀明
「君には思い遣りがない。」




マリー
「どうも」




秀明
「医師としてそれ程有能な気質を持ち合わせながら、
私の手元を離れてしまったのは個人的にも実に残念な事だ」





マリー
「飽きちゃってねえ。あんたの事苦手だったし」





秀明は目元を緩ませながら答えた





秀明
「うふふふ…実に合点がいく理由だ」





マリー
「そういえばもう一つ聞いておきたい事あったんだ」




秀明
「なんだい?」




マリー
「ここの隔離病棟ね患者の暴走対策様に防音、
セキュリティロックしてあるってんでしょ。
昔からさ」




秀明
「…隣接病棟やナースセンターへの環境を配慮しての事でね。」



マリー
「あたしもここで結構働いてたけど、
Entrance通りがかったぐらいでさ。
一体中で何やってるのさ、あそこは?」




秀明
「特殊管理で常時戸は閉め切って
医師が重病患者の治療に専念出来る様にしてある。
専属の医師にカウンセリングやオペを依頼して
手術の困難な感染病者や精神病者の早期治療に努めている。」




マリーは少しイタズラっぽく微笑むと秀明にこう返した





マリー
「あたし前まだ研修医の頃にね、
宿直ん時あの病棟通りがかる時、
中から子供の泣き声が漏れてきたんだ。
小さな腕が鋼鉄製の観音扉を思いっきり叩く音、
ドアの向こうからかすかな声でたまに「お母さん、助けて。」って」




秀明
「幼少時期の子供というのは非常に扱いずらいものでね」




マリー
「小児病棟は別にする事出来なかったのかい?」





秀明
「そこは恐らく隔離病棟の一棟だろう」




マリー
「何?」




秀明
「病状別に病棟を用意してあるのさ。
長期的な入院を要する患者も多く、
治療に患者別の特殊なカルテが必要なんだ。」




マリー
「そのカルテも病棟内に格納してあると…」




秀明
「そう取ってもらって間違いない」




マリー
「だから一般医師立ち入り禁止だったんだよねぇ…」




次々と問答を繰り返すマリーに対し秀明は
少し不愉快そうな表情でこう言った



秀明
「大嶺君、申し訳ないが
これ以上そちらの病棟について語るのは
セキュリティに差し障るので伏せさせて頂くよ。」





マリー
「これは失礼しました。」




秀明
「それにしても美しい眼をしていたね。
先程の少年のもの」




マリー
「えぇ」





マリーがそう応答すると、
二人の会話の間にひと時の間が流れる。
そしてその静寂を破る様にして部屋の扉を叩く音がした。





「トントントン…」



若い看護婦の声
「秀明院長、お電話が入っております。
新薬の仕入れの件で直接伺いたいとの事です」





秀明
「解った、先方の電話番号を控えたまえ、
すぐにこちらからかけ直すと伝えてくれ」





若い看護婦の声
「かしこまりました。」




マリー
「それじゃあ、
そろそろ失礼した方がいいかしらね」




秀明
「今日は久しぶりに話しが出来て良かった、
いずれ機会があればまた是非食事でも」




マリー
「結構だよ。仕事で必要な時は嫌でもこっちから押しかけるから」




秀明
「ふふふ…そうかい、それじゃあまた楽しみにしてるよ」



秀明はそういうと部屋にマリーを残しドアから出て行った





「バタン」


「カツカツカツカツカツカツッ…」



広い院内の通路床を
アリアンの靴が叩く音がフェードアウトしていった
マリーは残された部屋の窓から隔離病棟がある地下室の方を眺めていた。





















昼の回想から眼を覚ましたマリーは
カクテルにつけひとさし指を取り出し、
口に加えながらたどたどしい口調で呟いた





マリー
「お母さん、助けて、僕は何処も悪くないよ。
痛いよ、苦しいよ。お日様が見たいよ。
甘いものが食べたいおなかが減ったよ。
ここから出して…」




マリーはブツブツと独り言を続けながら、
バックの中から緑のバインダーに挟まれたファイルを取り出した。









隔離E棟 カルテファイル
「小児科」生態解剖。人体欠損者生存の
可能性とその過程。





マリーは虚ろな表情でそのファイルを見つめている





マリー
「ほら、こんな近くに別な星があったじゃないか。
秀明せんせ。」

Last Update : 2005/01/04