トリックピエロ

 

バイオリズム


明彦
「正ちゃん、じゃあ、
これヤッパ…」



正太郎
「うん、間違いないよ」



明彦
「どうしよう、ヤバいよ俺、
こんなの間違って届いて…」




目の前の事実に慌てふためく明彦を宥めるべく、
正太郎はモニターの映像を一時停止して
こう切り出した




正太郎
「明彦君、これ良かったら僕に渡さない?」





予想外の正太郎の返事に明彦は一瞬ハッと驚き返事を返した





明彦
「くれって、こんなもん貰って何に使うのさ?」



正太郎
「「月夜」知ってるだろ、僕が編集やってるやつ」





正太郎はそういうと部屋の本棚に収納された月夜を指さしてみた





明彦
「うん、正ちゃんがくれた、
あのなんかコア系の雑誌だろ」






正太郎
「あれの記事に使わせてもらおうかなって」





正太郎がそう言うと明彦は一層驚いたし表情を露に
瞳孔をパっと見開き正太郎に語りかけた




明彦
「え゛ー!?危ねーって!やめとけよ正ちゃん!」





明彦の過剰な反応を落ち着かせる様に正太郎は話しを続けた





正太郎
「とりあえず、間違いで届いたとはいえ
まず、君んとこにこんなもん置いとけないだろ」



明彦
「う…うーん」



正太郎
「それに、仮に警察に届けたとして、
差出人不明のこんなCDROM渡したところで
未成年とはいえ、まず怪しまれるのは明彦君、君自身だよ」



明彦
「…」



正太郎
「幸い月夜はヤバいネタを扱って、
それを風刺仕立て記事にして発行してる」



明彦
「でもさぁ…」



正太郎
「うちは扱ってる題材柄、
警察との情報関係も厚いし、下手に君が持ち続けるより
俺が貰っとけば人知れず指名手配書代わりにもなるし一石二鳥だよ」





明彦は理路整然とした正太郎の説得に耳を貸してる内、
いつしかその彼に対し保護者としての安堵感を感じ始めた




「♪♪♪〜」






明彦が正太郎へ返事を返そうとしたその時、
軽快な着信メロディが部屋に鳴り響いた





正太郎
「っと…僕の携帯だな」





正太郎はポケットから取り出し携帯の着信を確認すると、
明彦に軽く目配せし「少し待ってて」という意思表示を伝えてから
受信をONにした。





正太郎
「はいはいー、中野ですが」



相手の男
「馬鹿野郎ーどこホッツき歩いてたんだっ
このゴクツブシがあ!」



正太郎
(っくぅ…)





電話口から轟く音割れするまでの怒号が鼓膜を劈き
一瞬正太郎は携帯を耳からパッと離し、
少し間を置いてから明彦にもう一度目配せをし小声でこう伝えた




正太郎
「悪い、ちょっと面倒な電話なんで部屋の外で話しさせてもらえるかな…?」



明彦
「あ、うん。解った..」





明彦は言われるがままに受け返事を返し
正太郎は気まずい顔付きで廊下に出ると
電話の相手に向かって話の続きを始めた





正太郎
「あー、どうも副編集長…」




電話の向こうの正太郎の所属する出版社
「去影社」の副編集長「島田治」
月夜の編集担当員である正太郎の上司にあたる。

ライターとしての正太郎の文章力は買ってるものの
日頃から仕事に対する正太郎のマイペーズ過ぎる態度が
彼を威圧的にさせてるものと思われる。





島田
「出回り行くなんつってまた何処ぞで油売ってんだろーよお前」





島田のいつもにも増した高圧的な文句に口を閉ざしたまま
腕時計を見ると正太郎は「しまった」という様子で慌てて返事した





正太郎
「あ、あー…すいません、車がエンスト起こしまして」



島田
「へー...」



正太郎
「もう戻りますよ、本当に。遅れてすんません」



島田
「お前、今、免停中じゃなかったっけなー」



正太郎
「あー、そういえばぁ…(苦笑)」





マズイといった様子で正太郎は崩れた笑みを浮かべたまま
電話をしながら髪をクシャクシャと揉みかく





島田
「発行近づいてんだよ、ツマらねー記事で本汚して
ショタレにしやがったらテメーのせいだからな」



正太郎
「ショタレってまたそんな(^^;
とりあえず、先週分までの原稿はもう上げてありますよ」



島田
「いーからさっさと戻って来い、
残りの入稿お前戻ってこないと埋まんねーんだよ」



正太郎
「でも、島田さん、
時間かけたお陰で良い材料見つかりましたよ」





携帯に向かって得意気な様子で正太郎がそう言った後
島田は間の抜けた声でこう返した





島田
「なんだ、猫の死体でも撮ったか?」



正太郎
「戻ります…」




「ピッ」



正太郎は通話を切ると携帯をポケットにしまい直し、
2Fの明彦の部屋へそそくさと戻っていった





<明彦の部屋>





ここは2F明彦の部屋、
1Fで仕事の話をしている正太郎を待つ明彦は
例のCDROMに収録された映像を再確認していた。





明彦
「………」





そうして明彦がモニターに食い入ってると、
少ししてドアを開ける音がした






「ガチャッ」






正太郎
「ごめんごめん」





笑いながらそう言う正太郎に
明彦は「気にしてない」という様子の表情を返し、
正太郎も時間を急ぐべく明彦に話しの続きを始めた




正太郎
「で、明彦君、そのCDROM、
僕に貰えるかな?」





明彦は一度渡そうと決心したものの、まだ少し心配気な様子で
モニターに写る映像と正太郎の顔を照らし合わせた。





明彦
「でも正ちゃん、ほんとに平気…?」



正太郎
「平気だって、ウチだって大手じゃないけど
自費出版な訳じゃないんだし。」



明彦
「...」



正太郎
「さっきも言ったとおり、
これは君が持ってたら危険なものだよ」





明彦は正太郎の意見を受け入れると、
PCのCDドライブからCDROMを取り出し
ケースに閉まってから正太郎に手渡した。





正太郎
「サンキュー」





明彦
「気をつけてね」





正太郎
「ああ、解ってるって。
それじゃ俺仕事残ってるからそろそろ会社戻るよ」





明彦
「急に来てもらってごめんね、正ちゃん」




明彦が気遣ってそういうと、
正太郎は満面の笑みでこう返事した





正太郎
「良い情報貰って助かったよ」





明彦
「・・・」



明彦は正太郎の喜ぶその様子を見て、
まだ心配が拭いされないものの、
あえて言葉には出さず彼からの礼を無言で受け入れた。



正太郎
「それじゃあ、また」



明彦
「じゃーね」






「バタン」






正太郎が明彦の部屋の戸を閉めた途端、
部屋の空間に静寂が行き渡り、
機械の稼動する無機質な音響がそれを更にかきたて始めた。









明彦
「あー…キモだりー」








明彦は今朝からの現実離れともつかない
微妙に日常とズレた状況の数々に疲れ
部屋のカーペットに大の字に倒れ込んだ。

Last Update : 2004/09/09