トリックピエロ

 

TKO




< 光源坂公園 >



ここは、光源坂公園。
検視捜査を行う手はずの整った担当刑事が
被害者の母とベンチを隣り合わせにして座っている






健太郎の母
「あの…」




老警官
「はい?」




健太郎の母
「調査の方はまだ…?」



蒼ざめた顔に映った潤んだ瞳の中から、
情を訴えかける如く萎んだ彼女の声が現場に響くと、
隣の老警官は彼女の精神を刺激しない様 極力落ち着いた様子で返答した。





老警官
「先程署の方から連絡が入りました。
現場に必要な担当刑事が事故により遅れてくるそうです」




健太郎の母
「事故…」




老警官
「人員が揃い次第、即調査を続行します」




健太郎の母
「…」




老警官
「申し訳ありません」




健太郎の母
「はい……」




老警官が深々と頭を下げると、
健太郎の母は理不尽な気持ちを抑圧しつつ成熟された対応を取った。


その時、公園の入り口付近から車の急ブレーキ音が響き、
間もなくドアを強く締める音の後二人の男の慌てた様な足取りが鳴り響いた


<タッタッタッタッタッ…>





「マリーこっちだ!早く!」




マリー
「手引っ張るんじゃないよだから!」




そのやり取りを耳にすると、
老警官はさり気なく視線を声の方に向け状況を確認した




老警官

「(来たか)」




健太郎の母
「あの…?」




老警官
「到着した様です。」




健太郎の母
「じゃあ…」




老警官
「調査を続行します」




その台詞に彼女の表情は安堵とはつかない、
絶望と不安入り乱れる奇怪な形相に変貌し眼の光暗くして応えた




健太郎の母
「よろしく…お願いします」




老警官
「…」




老警官は健太郎の母に無言で会釈すると、
現れた担当刑事の方にキビキビと足を進めた。

そこには初対面になる二人の姿があった。

片方は、女物ジャケットに身を包み、
耳にドクロのイヤリングをした刑事。

もう片方は黒のスーツに身を纏った長身の刑事。


その二人を前にした老警官は
鋭い眼をより一層絞り込み威圧的な眼光を見せ口を開いた。




老警官
「神奈川県警 犯罪捜査課の須藤だ。」




マリー
「心理捜査課で精神鑑定、心理分析等で、
特殊・殺人犯罪の調査補助やってる大嶺だよ。」





「マ…えっと、大嶺さんの調査助手勤めてます竹内透です」




須藤
「早速調査にかかりたいと思う」






マリー
「理由」




合間を割ったマリーの一言に須藤は不可解な面持ちで聞き返した




須藤
「何?」




マリー
「遅刻の。聞かないのかい?」




須藤
「仕事で答えろ」





「…」




相互い押し殺す様な殺伐とした空気の隙間に
マリーは須藤の後ろ向こうに見えた一人の女性の顔を気にかけた




マリー
「彼女は?」




老警官
「ガイシャのオフクロさんだ」




マリーは脅えきった彼女の眼を覗き込むと、
ベンチに座る彼女の元へツカツカと歩み寄った。




健太郎の母
「あ、あの…」




慌てて対応する彼女のバラバラに割れた表情から次の言葉が漏れた



健太郎の母
「事故…大丈夫ですか」



その口聞きを耳にしたマリーは抜けた表情で答えた



マリー
「…アンタ強いねぇ」



健太郎の母
「…調査の方お願いします」



マリー
「名前を聞かせてもらえる?」



健太郎の母
「伊勢…美智子です」



マリー
「あたしは大嶺って言います」



名前を聞きだしたマリーはかけたサングラスを「スッ…」と、
外し、彼女に目を見せた後、自分の頬を指差し美智子に語りかけた



マリー
「美智子さん、ここ、一発殴って」



美智子
「…は?」



奇怪な何かを見る様子で美智子はそう返す。
その様子を透と須藤他、警備の警官隊達が後ろから眺める様に見ている



須藤
「…」



「何やってんだあの人は…」


警官郡
「…オイオイ喧嘩かい?」



マリーは頬を薬指で二、三指し返すと、彼女に言った



マリー
「ここ、ムカつくもん殴る気持ちで、思いっきり」



美智子
「そんな…」



美智子は焦った様子で断る台詞を探す様に答えた。
すると、マリーは畳み掛ける如く彼女にこう言い渡す




マリー
「こんなムカつく事件と、時間にさ、ほら一発殴って」




美智子はその言葉を耳にすると一変、
鼻息荒く憤慨した様子で右拳を握り締めた

彼女の頭の中でこの短い時間の中に流れた
様々な矛盾・葛藤が溢れ出す。





犯罪



犯人







手帳



息子



遅刻



この男



目の前の



遅れてきて



何なのかしら



コイツ…



彼女の導火線が火薬に触れたその瞬間




美智子
「あんた何ぃっ!?」



<ゴキ>



マリー
「がっ…!」



激しく振られた彼女の右拳スイングがマリーの頬をとらえるとその首は大きく捻られた。
するとマリーを殴った美智子の目から滝のような涙が溢れ出してく



美智子
「…」




マリー
「痛タタタ…」




潰れた様な眼元から流れ出す涙の線が濡らす美智子の濡れた顔を見たマリーは、
ポケットから取り出したハンカチと車の鍵を投げ渡した。



<チャリッ…>



それを受け止めた美智子は曇った表情に疑問の様子を浮かべた



美智子「?」




マリー
「向こうに止めてあるから、少し休んでな」




健太郎の母
「あの…」


マリー
「ほら、運動の後は休憩しなきゃ」



美智子
「ありがとう…」



マリー
「いえいえ」



美智子
「大嶺さん、調査の方お願いします」



マリー
「はい。」



美智子は一呼吸の安堵感を見せた後、
マリーに一礼をし受け取ったキーを持って現場の外に停めてある車の方へと向かった。

その足先を見届けたマリーは須藤の立つ現場に戻る。




須藤
「…」




マリー
「アタタタタ…」



「何やってんのアンタ…」



透が呆れた様子で聞くとマリーは一言で答えた



マリー
「仕事」




「鼻血出てるぞ」



マリー
「あら」



須藤
「おい」



マリー
「何?」



須藤の呼びかけと同時にマリーが彼の方を向くと、
手元にポケットティッシュが一個飛んできた



マリー
「これは?」



須藤
「駅前産だ」



手渡されたティッシュにはこの町に新装開店された
ヘアサロンの宣伝文句が書かれていた



マリー
「安いわね」



マリーはそう言うと、ポケットティッシュの蓋を開け、
中から抜いた一紙を千切って丸め鼻に詰め込んだ。



<ポタ…>




紙の吸収力からはみ出した鼻血の一滴が、
足元の砂と混じり乾ききった時、
現場に重い声がかかった。



須藤
「始めよう」

Last Update : 2003/08/04