トリックピエロ

 

砂荒らし

明彦は恐る恐る八重にその場所を確かめた




明彦
「それって、光原坂公園…?」




八重
「そうよ、なんで知ってるの?」




八重はキョトンとした表情でこちらを伺っている。
明彦は話を続けた。




明彦
「いや、登校途中寄り道したもんだから…」





明彦の返し台詞に面を食らった八重は、
飽きれた様子で深い溜息と共に一時うなだれると顔を上げ彼に言った。




八重
「物騒な時に…」




八重の表情から一瞬気まずそうな空気を察知した明彦は誤魔化しながら続けた




明彦
「いや、ハハ…いつ亡くなったのさ」




八重
「昨夜緊急の職員会議があってね、
その時に担任の先生から知らされたの」





明彦
「へえ…」




八重
「それから今日の全校朝会で発表あって…だからもう皆知ってるわよ」



八重の言葉を聞いた明彦は視線を左上に逸らした後
訝しげな様子で呟いた。



明彦
「今朝行った時にゃ特に血痕なんて見当たらなかったのにな…」




次の瞬間、
疑問符で埋め尽くされた くごもる彼の声を払いのけるかの如く
八重のクリアな一言が保健室に響いた




八重
「今日、警察が検死捜査に来るそうよ」





// 光源坂公園 //


ここは、光源坂公園。
昨夜 中学生男子の変死体が発掘されたとの通報を受けた警察が、
その身柄を確認すべく検死捜査に乗りかかっている。

公園の入り口を取り囲む様にして警備に回された2人の警官の立ち話が聞こえる




背の低い警備
「にしても、まだ中二だと。気の毒に。」




背の高い警備
「何だか日増しに治安が悪くなっていきますね…」




背の低い警備
「ところで、あそこに立ってる女の人誰だい?」




片方の小柄な警官が、中で直接捜査に当たる私服警官の傍に立つ女性を、
長くシャクれたアゴで指し示した後、
相手の目線に合わせる為顔を持ち上げて一方の彼に聞いてきた




背の低い警備
「あの方は…」




その時 警備管理役の私服刑事が二人にゲキを飛ばした




七三分けの私服警官
「おおぃっ!」




警備二人組
「はっ!」




すかさず二人はハジかれた様に背筋を<シャンッ>と張り
気まずそうに敬礼の姿勢を取った。




七三分けの私服警官
「ったく…」




その後ろでは年頃 50〜60の黒服の老警官が砂場の傍に立つ中年女性の横に並び、
険しい表情で物思いにふけっていた。

女性の方は40代後半といった所か。
頬はこけ、目下にはクマが出来、顔に浮かんだ無数の小じわは涙の跡型に沿って
赤く腫れ上がっている。

老警官は彼女の肩に手を置くとユックリと説明する様に話し始めた






老警官
「ここで、コレ見つかったんです」




すると老人は地面に敷かれた青いビニールシートの下から
白の手袋をつけた右手である物を抜き出し女性に見せてみる。

それは赤茶色の手帳だった




女性
「…」




無言で息を呑む彼女に気遣い老警官は更に続けた




老警官
「中、開けますよ…」




女性
「はい…。」


弱々しい表情で口元を歪めた彼女の応答を聞いた老警官は手帳を開き始めた。




< ペリ ペリ … >




中が糊の様なもので貼りついてる為、老警官は手帳が破れない様、
指先に細心の注意を払い神経を削りながら徐々に開いていく。
その危機的な眼差しを女性は儚気に見つめている。


そうして老警官はようやく開けた手帳の中身を一度睨むと、
次に手帳を持つ手を返し、女性の方へと向けた。




老警官
「… …」




女性
「………」




一時の重い沈黙の後、老警官の口が開いた




老警官
「伊勢 健太郎 君」




女性
「うっ…」




女性はその名を聞くや否や奥歯を<ギリッ>と噛み締め
鬱積された恐怖と不安に身を震わせながら静かに応えた



女性
「はい…」



老警官
「息子さん…」



その言葉を聞いた瞬間彼女の震える膝は地面に前のめりに崩れ落ち
上半身は地べたを這う形にベタンと倒れ込むと、
次に耳の穴を思いっきり押さえ老警官にこう叫んだ。




女性
「息.・子…ですっ..!」





それは思考回路を模索する様にして発せられた悲鳴だが、
身元確認と理解するには十分なものだった。



崩れ落ち、
うつぶせ状態の女性の背中に手をかけた老警官は
低く重々しい声を響かせた。




老警官
「そこの砂場から…彼のものと思われる耳と臓物、
そしてこの手帳が見つかりました。」




女性
「ウッ…ヒィィ…あ゛ーングゥ゛!」




太陽の熱照らす真夏の昼下がり。
蝉の鳴き声と奇怪な叫びが入り乱れ、
閑静な住宅街を混沌に飲み込んでいった。




老警官
「今から、息子さんの死体を掘り出します」

Last Update : 2003/07/07