トリックピエロ

 

視線


明彦「ありゃ?」



明彦は、呆気に取られた表情で思わず声を上げ
右腕を振ってみるが反応しない




明彦「っかしぃな、これ先週買ったばっかなのに」




そしてもう一度腕を振り、時計盤の蓋を <コンコン> と軽く叩くが結果変わらず







老人
「お兄ちゃん…(ボソッ




明彦「これじゃ時間読み出来な…」




老人
「兄ちゃん」




明彦
「はっ!?」





焦げ付く様なドスの効いた老人の低い声に
鼓膜を押し込まれ声を聴いた明彦は思わず体ごと <ビクッ> と返事する






老人
「学校…行かないの?」



明彦
「(なななっなんだ?)」





胸をえぐる様な吐息交じりの重々しいい声に明彦は萎縮し戸惑った。
何か応えねば気まずいと察した彼は一時の間を後にこう応えた





明彦
「あっ、はい、あのっ足ケガしちゃって。
少し休んでから行こうと…」




老人
「時計…」




明彦
「はい?」




老人
「壊れたんでしょ」




明彦
「あっ、これ!
安物なんですよね、ハハハ」




老人
「俺、暇だから、行くまでこれ見てなよ」




すると老人は上着の左腕裾を <サッ> とメクり、
自分の腕時計を明彦の目の前に持ってきてみせた




老人
「安物だけど」




明彦
「あっ、す…すいません」




遠慮がちにドモった明彦は誘われるがままに老人の腕時計を見る。




明彦
「8:20か、後10分…と」




太い手首を覆う黒の幅広なリストで巻かれたその時計の盤には
赤い宝石を龍が両手に掴んでいる独特な柄が描かれている。




明彦

(変わった時計だな…ん?)




明彦はその盤の奇妙な盤に心を奪われつつも、
自分が持つ腕時計との違いに間もなく気がつく。




明彦
「あの、なんかこれ周りに模様みたいの
面白いですね」




その盤の縁周りにはそれぞれ対をなす様に5つの絵が並び、
短針の内にある更に短い針が
盤の中で揺れる様に一定を刺し示していた。




老人
「…」





老人は明彦の言葉に無反応のまま時計盤を睨むよう覗き込んでいる。
次に老人は顔を上げ、気だるそうな表情で右目を潰し片目で前を見据えた。




老人
「… …」




明彦
「あの…?」




明彦

(なんかマズイ事聞いたかな…?)




老人
「学校」





明彦
「あ」




明彦は老人の奇妙な行動に気をとられ、時間を見るのをすっかり忘れていた。
時計の針はすでに8:45分を指している。




明彦
「いけねっ!」




老人
「行かないと」




明彦
「はい、すいません!
時計見せてくれてありがとうございますっ!」




老人
「いや」




明彦
「それじゃっ」




老人
「…」



老人は明彦の挨拶に無言で会釈すると走り去る彼を目で見送る。



<タッタッタッタッタッ…>




明彦
「はぁはぁ…ったく!
なんで急に壊れんだなこの馬鹿時計は!」




明彦はやり場の無い焦りを物にブツける為
右手首を <キッ> と睨みつける



<チッチッチッチッチッ…>



明彦
「あれ?」



明彦の目の中で、先程止まった筈のその腕時計は紛れも無く動きだしていた。






// 公園 //



明彦を見送った後、軽く一服しようと右手にジッポーを持った老人は、
タバコを咥えたまま しばし空を眺めていた。




老人
「学校…あまり、良いとこじゃないね。」




ボソりとそう呟くと、老人の目の前にある砂場に一羽のカラスが舞い降り、
昆虫の死骸をクチバシで掻き取り素早く飛び立った。





< カァ゛ーカァ゛ーア゛ー >





空に羽ばたく黒羽を見つめながらタバコに火を点けた老人は、
深い溜息と共に煙を吐くと眠そうな目でもう一言呟く



老人
「ここも」







// 校門 //


明彦
「あ゛っ!」



その頃、彼の目の前では校門が閉ざされる最中だった。

Last Update : 2003/06/24